「東京育ちの京都案内」
98年 文藝春秋

東京人の視点ながら、住んでいる者に見えてこない、ふだん着の京都を案内する、京都シリーズ1作目。

上ル、下ルって、何? 右が左京で左が右京? 京都のマクドナルドはなぜ赤くない? などという新参者の素朴の疑問から、仙洞御所の紅葉や、梨木神社の井戸水、骨董市、佐野籐右衛門さんの桜、京町家の屏風祭などの24章を収録。


*02年 文庫化
 「東京育ちの京都案内」文春文庫

「東京育ちの京町家暮らし」
00年 文藝春秋

格子戸も美しい京町家。最近はレストランやギャラリーなどの店舗に改装され、再利用の動きが活発になっていますが、それでも西陣あたりでは、荒れた空家が目立つのが現状です。

98年の夏、私たち夫婦は、不動産屋を通さずに、町家捜しをはじめ、99年2月、俵屋旅館の近くの借家普請の町家と契約。しかし修復工事中にアクシデントが発生し、契約解消。今度は不動産屋や町家倶楽部の助けを得ながら、9月、洛北の隠居建ちの町家と契約。町家大工、京左官、石川県の塗師といった、優れた職人の指導のもと、自らの手で修復作業を行い、昔ながらの工法や、ものを大切にすることに目覚めていくまでの顛末を記した、ノンフィクションです。

巷では、京都版の「鉄腕DASH」ともいわれる、京都シリーズの2作目。


*03年「京都で町家に出会った。」に改題、文庫化。(文春文庫)

「極楽のあまり風 京町家暮らしの四季」
01年 文藝春秋

タイトルの「極楽のあまり風」の意味は、夏の暑い日に、すーっと吹き抜ける涼風のことです。

夏のはじまり、建具替えをし、葦戸に御簾、蚊帳、打ち水、氷柱で、極楽のあまり風を味わう、美しい夏。火鉢にかけた鉄瓶から、湯気が上がる音を聞きながら、雪見障子の向こうに積もる雪を眺める、静かな冬。おいしい山の幸に舌鼓を打ちながら、雅なだけではない、京料理のもうひとつの顔を知っていく秋。桜の淡さ、椿の怖さに、亡くなった人たちとの思い出を重ねていく春。

京都での四季暮らしを、ひとりごとのように綴った、著者お気に入りの一冊。京都シリーズ3作目。


*04年「京都暮らしの四季 極楽のあまり風」に改題、文庫化。(文春文庫)

京都がくれた「小さな生活」。
03年 集英社be文庫

京都に住んで7年の頃に出版した本です。セミハードカバーの文庫サイズなので、ポケットの中にも入ります。携帯しながら、読んでいただければ幸いです。

行きつけのお店、割烹、宿、和菓子まで、京都で見つけた「小さなもの」をいっぱい紹介しています。

オールカラー。写真満載。
※上記、著者のお薦め作品のみ。

吉川晃司「ユー・ガッタ・チャンス」

85年の元旦に発売になったこの曲は、オリコンで初登場1位、私の初めての一位獲得曲でした。

小泉今日子「100%男女交際」

オリコン最高位は2位。ただラストのフレーフレー青春の録音には、私も小泉さんといっしょに参加。楽しい仕事でした。

中森明菜「Blonde」

最高位1位。エルメスのスカーフを接いでつくった衣装で、話題になった曲。原曲にはまったく別の英語詞がついています。私のカラオケの定番の一曲でもあります。

浅香唯「セシル」

私が書いた浅香さんのシングルはほかにもありますが、これがいちばん気に入っています。最高位は1位か2位だったはず。ショートカットの浅香さんにジーン・セバーグの「セシル」を重ねて、書いた詞でした。

徳永英明「最後の言い訳」

これはめずらしく詞先(曲より詞を先につくること。ほとんどの場合、曲が先です)でした。徳永さんに見せたら、気に入ってくれて、曲をつけたら、スタッフの受けがよく、アルバムに収録されて、というように、成長していった1曲です。シングル・カットの後は、テレビドラマの主題歌にも起用され、ロングセラーになりました。

小比類巻かほる「Hold On Me」

この曲がヒットしていた当時、私は小比類巻さんと同じ事務所に、作詞家として所属してい、やはり同じ事務所だった麻木久仁子さんと、三人で、夜中、よくドライブをしたものでした。

椎名恵「Love is all」

テレビドラマの主題歌から、ウェディング・ソングとなり、ロンググセラー、大ヒットとなった曲です。原曲とはまったく異なるのですが、著作権上は、日本語詞という扱い。これも私のカラオケの定番です。ちなみに椎名さんの初期のアルバムは、私のリリクス・プロデュース。


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